DJ YAS & DJ KIYO

はい。

生きてますよ。

ブログを更新しないと安否を気遣われる位になってきました(笑)。

実は、急性胃腸炎??でぶっ倒れてました。

熱は39℃だし、血圧は下がってフラフラだし、リーゲーがアンストッパボーだし、手は痺れちゃって力入んないしで困っちゃいました。

とりあえず、回復したしインフルでなくて良かったです。

普段からの無理がたたったのだと自覚しております。

週末に向けて体調管理も万全に。
このレジェンド2人を同時に見れる機会は東京でもそう無いと思いますよ!!

10/30(FRI) Future Tribe vol.9
MAIN FLOOR SPECIAL GUEST:DJ KIYO
DJ YAS

GUEST DJ:DJ Mu-R(GAGLE/JAZZY SPORT)

DJs:CASIN(GIFT GIMMICK)
CHICO(Unpluged)
sisinobu(AOBA NU NOISE)
sermon

LIVE PAINT:SATOSHI ONODERA

LOUNGE FLOOR FOOD:笑夢カリー(FEEL from 福島)
MUSIC:SEEYA(FEEL / Black Fist Production)
M-ROC(FEEL / 笑夢CURRY)
TAKU (FEEL)
SHIBA(DUCK’IN DONUTS)
HAMA(GIFT GIMMICK)

OPEN 21:00 ADV 2,500YEN/1D,DOOR 3,000YEN/1D

KIYO(DJ/PRODUCER/ROYALTY PRODUCTION LABEL CHIEF)
90年代初頭のhiphopカルチャーに強い衝撃を受け、92年よりDJのキャリアをスタート。
細分化の進むシーンの中でも当時から変わらぬUNDERGROUNDなスタンスで常に新しいものと古いものとの共存をテーマに新たなスタイルを生み出そうと考える唯一無二の異端児的存在。
これまでにCOMMON SENSE(現COMMON),TONY TOUCH,THE BEAT JUNKIES,JURASSIC5,TOWA TEI,PASE ROCK(FIVE DEEZ),KEV BROWN,GRAP LUVA,RODDY ROD,SUBSTANSIAL,BOBBITO,LONE CATALYSTS,BOTANICA DEL JIBARO CREW , DJ MASEO(DE LA SOUL),BIRDY NAM NAM,MOODYMANN,SLUM VILLAGEなど様々な海外アーティストなどの来日公演の際の前座DJとしても活躍。
2008年には今LAシーンを最も騒がす前衛的ビートメイカー達によるパーティー「THE LOW END THEORY」の日本公演にも参加。
また現在までに数多くのコンセプチュアルな内容のMIXTAPE,MIXCDを作り、商業ベースのDJとは一線を画す存在として様々な音楽層に影響を与えている。2007年にはDULO名義で自身初となるフルインストゥルメンタルアルバムを2枚リリースし、更なるビートミュージックの可能性を提示した。
近年における現場においては15年のキャリアを生かし今まで吸収してきた膨大な音楽の中でもhip hop的ビート解釈のもと土臭く浮遊感のあるワイドレンジなトラックを中心にMIXTAPE,CDでは味わうことの出来なかった想定外セレクションでフロアーを揺らしている。
「1DJ=1ジャンル」をモットーに予定調和よりも一期一会の一瞬の音楽的快感を求め日々感覚を更新中。 」

http://www.myspace.com/djkiyo

DJ YAS(Kemuri Productions/Lamp eye/雷家族/Hibachi project/KP record)
何一つ自慢できる事が無い17歳の少年を1枚のレコードがHIPHOPへと夢中にさせた。[PUBLIC ENEMY]だ。とりわけDJが彼にとっての花形で、即2台のターンテーブルとミキサーを手に入れ、毎月のバイト代をレコードに費やし、多くの時間をHIPHOPに費やしていった。20代前半には2MC+1DJのグループ[LAMP EYE]として発表したデビューシングル『下克上』が当時の渋谷で~ヤバい~という言葉と共に話題となる。そしてトラックメイカーとしての自覚がでた翌年『証言』をリリース。CD全盛期に自主制作にも関わらず追加プレスと合わせ8千枚のレコードは2週間程で完売となり、レコード再ブームとなった時期とも重なった。その後の渋谷宇田川町は通称“レコ村”と呼ばれるほどレコード屋が割拠した。
DJ活動が増えだした’00年には、インストアルバム『ライト』をソロ名義で発表。同時に全国中のラッパー達から支持を得て作品に多く携わってもいた。スタート時から今も貫かれるサンプリング主体のブレイクビーツを追求した独自のスタイルで、ラッパー集団の「雷家族」の一員として、DJ集団「ケムリプロダクション」の主宰としてキャリアを積む。そして第三期と位置づけた’08年[BLUE SMITH]の作品に携わるまでになった。
彼独特の煙たさと何か一つ足りない崩しのスタイルは一貫している。その実像は水面の下に彷徨う煙のように掴み難い。
http://www.dj-yas.com
http://www.kemuriproductions.com
http://www.myspace.com/djyaskp

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